こうにっき

KOUってひとが適当にやります。

北上伊凸の幽霊退治

「一体なんだ、この不味い飯は!!」

とある地方のファミリーレストランに、小さな子どもの怒鳴り声が響き渡る。

「お、お嬢ちゃんどうしたのかな?」

異変を察したウェイトレスが駆け寄る。

窓際のテーブル席を一人で独占しているのは、藍色の髪をした小学生くらいの少女だった。

「どうしただと?この阿呆めが!素材は安物、調理は雑、味は最低で食感は最悪!これほどに酷いオムライスはこれが初めてだ!店長を呼んでこい!今すぐにだ!」

別にこの店の料理は悪質という訳ではない。この小さなモンスタークレーマーが一級品の食事に慣れてしまっているだけなのだ。

「ね、ねぇお嬢ちゃん、今一人なの?パパかママはどこか知らない?」

「餓鬼の扱いをするんじゃあないぞ!今貴様が話しているのが誰だか知っているのか!

私は北上伊凸!北上家三十四代目当主、北上卍郎の娘であるぞ!!」



日が沈み、空気も静まり返った午後七時頃、山の中の墓地には二人の人影があった。

「まったく、こんな山奥まで遠出させおって…」

「あ、あの。イデコさん。怖くないんですかい?お化けとか。」

「私は幽霊やら呪いやらの類いは信じない事にしている。もっとも、私がここに呼ばれた原因がその幽霊な訳だがな。」

人影の片方は目つきの悪い緑眼の少女、北上伊凸。

もう片方は黒いスーツを身に纏った初老の男。名前を黒田正吉という。民営の霊園であるこの黒田霊園の管理人である。

「ここで間違いないな?」

二人が足を止めた辺りの墓石には、こびり付いて落ちなくなった血痕がある。

この場所では4日前とその翌日、人間が殺された。いや、殺し合ったと言うべきか。前者は民間人によるもの、後者は警察官によるものである。

 「はい。ここで死んだ人間はいきなり発狂して殺し合いを始めたと聞きます…悪霊が取り憑いたという噂もちらほらと…」

「フン、にわかには信じがたいな。怪談話としても三流だ。それで警察にも負えなくなったから北上家を頼ったという訳か。」

「へぇ、あっしの知り合いが北上さんを紹介して下さったんです…」

「だいたいこういうのは坊主やら陰陽師の仕事だろうに…おい、布か何かで口元を覆っておけ。お前も発狂するぞ?」

「え?」

伊凸はマスクを着けた後、しばらくの間何かを探し回っていた。そして、ひとつの墓石の裏に探し物を見つける。

「こいつか」

彼女が地面から引き抜いたもの、それは純白のアサガオだった。

「原因を見つけたぞ。ぱっと見、チョウセンアサガオの一種だろう。麻薬の原料にも使われていてだな、こいつを摂取すると脳神経に異常をきたす。」

「それじゃあ原因はそのアサガオで…」

「いや、こいつは花粉にまで麻薬物質を持っている。空気を吸うだけで人を狂わせるなど本来ならあり得ない事だ。これは人為的に作られた植物だな。しかし誰がこんな事を…?」

ーーーーーーーーーーーい

「あ、あぁあ、あ…!」

「おい、どうした?花粉を吸ってしまったか。少量なら病院へ行けば…」

ーーーーーーーーーーわい

「ち、違う。あれ!あ、れ…!」

「は?」

正吉が指差したその先には、この上なく奇怪なものが居た。


「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい」

眼球と歯を全て失ったヒトの顔。宙に浮いたその集合体が怖い、怖いと言葉を呟いている。無数の人面は融合と分裂を繰り返していた。

正吉は声にならない悲鳴を上げている。伊凸はというと、

「まさか本当に居たとはな。どれ、幽霊。私の言葉は通じるか?」

「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい」

「駄目か。しかも体が全く動かんな。これが金縛りと言うやつか。おい、落ち着け。私は貴様に危害を加えない。」

四肢の自由を封じられながらも彼女は冷静沈着だった。しかし、目の前の怪異は不安定な殺気を放っている。

「こ  わ  い」

すると突然、墓石の一つが空中に浮かび上がった。紛れもない怪異からの攻撃である。伊凸目掛けて放たれる質量の塊。なす術を失った少女は小さく息を吸って、

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaーーーーーー!!!!!!」

歌うように絶叫した。次の瞬間、その小さな体は跡形もなく飛び散った。

…はずだった。不思議な事に、その叫び声は飛んでくる墓石を粉々に砕いたのだ。

「どうだ、貴様の攻撃は通じないと言う事を理解したか?」

「い、イデコさん…!?今のは…」

「私は声で物体を破壊できる。北上家は超能力者の血筋だというのは知っているだろう?」

北上家。平安時代から続く貴族の家系で、その遺伝子を持つ者は全員が特殊な技能を保持している。現代では超能力を生かした裏社会の便利屋として活動しているのだ。

亡霊は口を開く。

「あ なた は ころ さない ?」

「そうだと言っているだろう。だいたい幽霊の殺し方なぞ分かるはずもない。で、貴様の目的は何だ?」

「あ あぁ…」

この世の物とは思えない怪異とあの子供は対等に会話している。その光景を正吉は黙って見ていることしかできなかった。

「おい黒田。ここに埋葬されているのはどういった者たちなんだ?」

「え?そ、それは…」

「何を隠している?全て話せ!!」

「くっ…だ、黙れえぇ!!」

正吉は服の中に隠し持っていた拳銃を構えた。

「糞、発狂事件の原因が分かったならもうあんたは要らねえ!!そこの化け物の仲間にしてやりやすよ!」

「下郎がッッ!!!」

伊凸の一喝により拳銃は木っ端微塵となった。逆上した男は少女に殴りかかるが、

「ぐっ…動かねえ…!?」

男の体は既に金縛りを受けていた。

「さあ話せ。北上の人間に銃口を向けたその罪は万死に値するが、貴様が知っている事を全て吐き出せば見逃してやらんこともないぞ?」

「あっしは何も知らねえよ!」

「ではここで死ね。」

拳銃を奪い取り、それを正吉の口の中に突っ込む。

「待て待て待て!!分かった、分かった!!…実験だ。ヤクザ共の手で実験が行われたんだ。チョウセンアサガオを使った新種の合成麻薬。それの効き目を確かめるための人体実験には、誘拐された子供が使われた。当然たくさんの子供が死んだよな。そんで連中、都合のいい死体遺棄場としてこの霊園を作っちまった!木を隠すなら森にって言うでしょ。死体を隠すなら墓場ってことよ。驚くほどバレないんだよなぁこれが。ハハハッ。ここに埋まってるのはみんなそういう人知れず死んじまった奴らなのさ。その管理をしてるあっしはヤクザの下っ端さ…」

「この霊たちは今の話に出てきた子供たちか。さっきの白い朝顔は貴様らの作った麻薬だな?なぜあんな所に咲いていた。」

「い、一回転んで持ってた種をぶちまけた事が、あって…」

「手のつけようがない阿呆だな。貴様の蒔いた種なら、人間が発狂した時点でその原因には気がつくはずだろうに。」

「怖かったんだよぉ!!毎日、夢を見るんだ…!ここに眠ってる子供たちが、あっしを殺しに来る夢!いつかバチが当たるに違いないって思った。突然人がイカれちまった時はさ、絶対に幽霊の仕業だって勘違いしちまってさ。ハハハ。それで?あっしはこれからどうなるんで?」

「貴様の身柄は北上家で預かる。その後の処分次第では死ぬより辛い目に合わされるかもしれんが、運命だと思って諦めろ。

…さて、幽霊。まだ未練は残っているか?」

霊の姿が薄くなっている。現世から消えようとしているのだろう。

「そうか。達者でな。」

「さ  よう な  ら」


かくして、憐れむべき少年少女の霊魂は成仏した。しばらくした後、伊凸の連絡でやって来た北上家の高級車に正吉は連れ込まれる。

「はぁ、あっしの人生ももうおしまいか…北上伊凸、せっかくだしあんたを末代まで呪ってやることにするかね?」

「好きにしろ。私は幽霊は信じることにしたが、呪いとかそういった類いのものは信じないことにしているのでな」

                                                          終